未来じゃないけど:Excelの使いかた

 


📘 物語:VLOOKUPできる人募集

失業してから、しばらく経った。

特にやることもなく、
いつものように求職サイトを眺めていたとき、
ひとつの求人が目に止まった。

「業務見直し全般。VLOOKUPできる方歓迎」

運送会社だった。

正直、業種と条件がうまく結びつかない。
けど、その一文だけ妙に引っかかる。

「……なんで、VLOOKUPなんだ?」


俺は別に、Excelが嫌いなわけじゃない。

むしろ、ちゃんと使えば便利な道具だと思っている。

  • 一覧で見られる

  • 手で直せる

  • 現場の人間でも扱える

ああいう“触れるビュー”としては、かなり優秀だ。

でも——それだけだ。


問題は、そこに計算式を入れ始めた瞬間に起きる。

  • 誰が書いたかわからない式

  • どこまで影響するかわからない参照

  • 壊れても気づけない構造

そして気がつくと、
それが“正しいデータ”として扱われ始める。


そこまで行くと、もうダメだ。

Excelはツールじゃなくて、
壊れかけのシステムになる。


求人を眺めながら、
昔聞いた話を思い出していた。

業界は違うが、似た匂いのする現場だった。


取引先から送られてくるのは、Excelファイル。

しかも、例のやつだ。

パスワード付きで送られてきて、
パスワードは別メール。

いわゆる、PPAP。


担当者はそれを開いて、
必要な部分だけコピーして、
自社のExcelに貼り付ける。

すると、
あらかじめ仕込まれた関数が動いて、
請求書ができる。

最初は、それで回っていた。


でも、取引先が増える。

フォーマットが微妙に違う。
列がズレる。
項目名が変わる。

だんだん、うまくいかなくなる。


そのとき、誰かが言ったらしい。

「自動化しましょう」


現れたのは、いわゆる“Excelができる人”だった。

仕組みはこうだ。

  • シートにファイル名とパスワードを入力

  • ボタンを押す

  • ファイルを展開

  • 中身を読み取る

  • VBAで処理する

  • 請求書ができる

コピペは不要になった。

ミスも減った。

取引先が増えても、
設定を追加すれば対応できる。


「これで回るじゃん」

現場は、そう思ったはずだ。


でも——俺は知っている。

これは、何も解決していない。


データは、相変わらずExcelのまま。

ロジックは、VBAの中に隠れている。

フォーマットが変われば、すぐ壊れる。

そして、それを直せる人間は、
その“作った人”しかいない。


属人化は、むしろ進んでいる。


つまりこれは、

改善じゃない。延命だ。


そして、ようやくわかる。


「……だから、“VLOOKUPできる人”を探してるのか」


求人ページを閉じかけて、
少しだけ考える。

じゃあ、どうするべきだったのか。


答えは、そんなに難しくない。

  • データはサーバに置く

  • フォーマットは変換で吸収する

  • ロジックは外に出す

  • Excelは、結果を見るだけにする

Excelを捨てる必要はない。

ただ——

置き場所を間違えなければいい。


マウスを動かして、
別の求人を開こうとしたとき、
後ろで声がした気がした。


「昔からこれでやってるからねぇ……」


振り返る。

もちろん、誰もいない。


俺は少しだけ笑って、
もう一度、さっきの求人を見た。


「業務見直し全般。VLOOKUPできる方歓迎」


小さく息を吐く。


「……だから、探してるんだよな」



画面を閉じかけて、ふと手が止まる。


「……VLOOKUP、ね」


少しだけ考えて、苦笑する。


行を特定して、
必要な値だけ引いてくる。

やり方はいくらでもある。


でも——


「そこじゃないんだよな」


行番号を隠しても、
参照を賢くしても、
関数を入れ替えても。


その“表”の中に、
ロジックがある限り。


壊れるものは、壊れる。


画面には、まだあの一文が残っている。


「業務見直し全般。VLOOKUPできる方歓迎」


俺は、今度こそブラウザを閉じた。

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